2023年3月16日木曜日

闘将・柱谷哲二は監督・コーチとしてはダメ?疫病神状態の時期も

■2019/03/17 闘将・柱谷哲二は監督・コーチとしてはダメ?疫病神状態の時期も



■2019/03/17 闘将・柱谷哲二は監督・コーチとしてはダメ?疫病神状態の時期も

  コーチであり監督じゃないなど、必ずしも柱谷哲二さんのせいとは言えないのですけど、指導者に転身した当時は疫病神状態といって良いくらい、チームがひどいことになっていました。その後も含めてどうなっただろう?と戦績などを並べてみました。

2002年
コンサドーレ札幌監督 → J1リーグ戦と Jリーグヤマザキナビスコカップを含めた公式戦13試合でわずか2勝と低迷し、6月に解任。札幌はその後最下位でJ2へ降格。
2001年~2002年
国士舘大学サッカー部のコーチ → 天皇杯で国見高校に敗れる。
2003年
浦和レッドダイヤモンズのコーチ
2005年
J2・東京Vのコーチ → J1復帰。
2008年
東京Vの監督 → 18チーム中17位と降格が決定。シーズン終了後に監督を退任。
2011年
水戸ホーリーホック監督 → 2015年6月、成績不振により解任。
2016年
ガイナーレ鳥取監督 → 同シーズン限りでの退任が11月に発表された。
2017年
ヴァンラーレ八戸監督 → 11月、J3昇格を果たせなかったことなどを理由として八戸の監督を退任。
2018年3月
花巻東高校サッカー部のテクニカルアドバイザー
2018年6月20日
J3ギラヴァンツ北九州の監督 → 11月2日、契約満了により北九州の監督を退任すると発表された。

  記憶と違って、3つ目のレッズの時点で、特に疫病神になっていませんでした。水戸ホーリーホックなんかも1年で退任となっていません。ただ、監督成績としては、正直めちゃくちゃ悪い成績でした。

2002 J1 札幌 途中解任
2008 J1 東京V 17位
2011 J2 水戸 17位
2012 J2 水戸 13位
2013 J2 水戸 15位
2014 J2 水戸 15位
2015 J2 水戸 21位途中解任
2016 J3 鳥取 15位
2017 JFL 八戸 5位
2018 J3 北九州 途中就任17位