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2026年6月2日火曜日
広島ユース黄金世代、高円宮杯出場メンバーから13人がJリーグ入り・プロ入り
■2016/11/9 広島ユース黄金世代、高円宮杯出場メンバーから13人がJリーグ入り・プロ入り
2004年10月の高円宮杯(U-18) サンフレッチェ広島1-0ジュビロ磐田のメモを見ながら、このサンフレッチェユースの優勝メンバーから何人プロ入りしたかな?と気になりました。
GK
佐藤昭大 広島 → (中略) → 鹿島 → 熊本
DF
槙野智章 広島 → ケルン → 浦和 【日本代表】
藤井大輔 新潟 → 草津 → 長崎 → 讃岐
大屋翼 関西大学 → 神戸 → (岡山) → 神戸 → 大宮
森脇良太 広島 → (愛媛) → 広島 → 浦和
ここまでパーフェクトですが、森山佳郎監督をして「同世代には絶対に破れない」と言わしめるほどの絶大な信頼を置かれていた藤井大輔選手が広島入りせずにストレートに新潟入りしていました。
たまにクラブユースから別のクラブに行くことはあるものの、こういう評価高い選手が行っちゃうってのは珍しいですね。ユースの監督とフロントで評価が異なったのかもしれません。
MF
柏木陽介 → 広島 → 浦和 【日本代表】
田中祐樹 → 桃山学院大学 → 日立笠戸 → 広島インターナショナル
https://www.facebook.com/786025071509723/photos/a.787397704705793.1073741828.786025071509723/850567465055483/?type=3&theater
生年月日:1986年4月28日 出身地:山口県とのこと。
初めてJリーグ入りしていないっぽい選手。決勝ではいいCK2本蹴っていたとメモしてありました。
木原正和 阪南大学 → 大宮 → 福岡 → カンボジア・リーグのトライアジア プノンペンFC
メモにはありませんでしたが、当時2年生だったみたいですね。右から突破しての良いセンタリングが印象だった選手。上記のようにストレートにプロ入りはせずに大学を経てJリーグへ。
その後はカンボジアに行っていますが、何と"2015年、経営危機に陥っているプノンペンFCの存続を条件として、選手兼任監督に就任"という珍しいことに。当時は28歳か29歳ですから結構若いです。
FW
桒田慎一朗(桑田慎一朗) 広島 → 岡山 → タイ・ディヴィジョン1リーグ(2部)のナコーンラーチャシーマーFC
感想メモしていなかった選手ですがストレートで昇格。
平繁龍一 広島 → (中略) → ザスパクサツ群馬 → 熊本
チャンスで外したりとさっぱり良いと思わなかった選手。U-19とメモしていましたが、当時1年生だったんですね。すごい選手でした。相変わらず見る目ないです。
前田俊介 広島 → 大分 → (中略) → 札幌 → 鳥取
各大会で得点王で、(高円宮杯でも?)3大会連続得点王。ユース代表で見ていた選手なので、知っていました。ところが、代表では全然良さがわからず、なぜみんなベタ褒めなのだろうと不思議だった選手。
この日はすごく強引で個人技で抜いていく場面が目立ちました。テクニックはしっかりしています。この試合は代表よりも良さがわかったものの、やっぱり私はイマイチお気に入りにならず。
スタメンは11人10人がJリーグ入り。恐ろしいですね。
以上がスタメンだったものの、U-19の高柳選手は前日10時帰国でベンチスタート。後半登場でした。本当豪華だった広島ユース黄金世代です。
高柳選手もまあ正直好きではないのですが、この日は一番良いと思った選手。球際強いですし、ここでは身体能力も抜けていました。
MF
高柳一誠 広島 → 札幌 → 神戸 → 熊本
あと、メモしていなかったものの、他にも途中出場でプロ入りの選手が。どんだけいるのよ? 遊佐克美選手は当時1年生ですね。
遊佐克美 広島 → 金沢 → (中略) → インドのノースイースト・ユナイテッド
冨成選手は3年生。
冨成慎司 福岡大学 → 岐阜 → 藤枝MYFC → 鹿児島ユナイテッドFC
高柳ともう一人高何とかって良い選手いたじゃん!と検索したら、高萩でした。当時から有名だったので、怪我だったのかも…ああ、違った。「クラブ史上初のプロの高校生Jリーガー」ということで、それが理由かも。
高萩洋次郎 広島 → 愛媛 → 広島 → オーストラリア・ウェスタン・シドニー・ワンダラーズFC → 韓国・FCソウル 【日本代表】
以上。すごいですね。ここらへんだけで14人がJリーグ・プロ入りしています。
2026年6月1日月曜日
16歳でメキシコ代表デビューし準決勝でアシスト!ジルベルト・モラ
■2026/06/01 世代交代失敗?新しいヒメネスが登場も古いヒメネスがまだいる!
■2026/06/01 16歳でメキシコ代表デビューし準決勝でアシスト!ジルベルト・モラ
ジルベルト・モラは16歳でメキシコ代表デビュー。これだけでもニュース性があるのですけど、通常、こういう若い選手のデビューってまずは親善試合だと思うのに、よりによって2025年のCONCACAFゴールドカップの準々決勝という、本気で勝たなくちゃいけない大事な試合でデビュー。メキシコA代表史上最年少出場記録を更新したそうです。
さらに、この準々決勝で勝利した後の準決勝では、決勝ゴールをアシスト。早速結果も出してみせます。
こうした話があったのは、FIFAの”2026年W杯のワンダーボーイ:ジルベルト・モラ | メキシコ代表”というページ。プレー紹介を見てみると、私が好きなタイプっぽいですね。
ポジション:攻撃的ミッドフィルダー
長所:ゲームインテリジェンス、ライン間の創造性、ボールコントロール、スルーパス、プレッシャー下での冷静さ、年齢以上の成熟度
<17歳のモラが際立っているのは、試合を読む力と予測能力だ。ライン間でボールを受け、プレッシャーをかわし、完璧なタイミングでパスを出す能力を持っている。単なる“早熟な才能”ではない。プレッシャーがかかる局面でもボールを欲しがる冷静さ、創造性、そして勇気を兼ね備えている。
経験豊富なメキシコ代表にとって、モラは攻撃陣に新鮮さとアイデアをもたらす存在となり得る。計算された予測不能性と、新たな攻撃の次元を加えることができる選手だ。>
https://www.fifa.com/ja/tournaments/mens/worldcup/canadamexicousa2026/articles/world-cup-wonderkids-gilberto-mora-ja
■2026/06/01 世代交代失敗?新しいヒメネスが登場も古いヒメネスがまだいる!
”2026年W杯出場国紹介:メキシコ代表|注目選手・対戦日程・大会展望 | FootballAnalysis”によると、なんとハビエル・アギーレ監督が3度目のメキシコ代表監督に就任。聞き覚えがある方も多いでしょう。何しろ日本でも代表監督をつとめた監督ですからね。
こちらによると、かつてのポゼッション(ボール保持)へのこだわりを捨て、「激しいボール奪取と、鋭いカウンター」のサッカーになったとのこと。もともとそこまでポゼッション、ポゼッションしていなくて、スピードある攻撃もあった印象ですけどね。
https://football-analysis.net/mexico-national-team-2026-world-cup/
注目選手としては、なんと「6度目のW杯メンバー入り」となりそうなGKギジェルモ・オチョアや守備的MFエドソン・アルバレス。エドソン・アルバレスは若い頃から注目選手ですが、良さがいまいちわからなかった選手。今大会は28歳かな。精神的にも支柱という年齢です。キャプテンみたいですね。
FWのサンティアゴ・ヒメネスも注目だそうな。前回大会エースとされたラウル・ヒメネスとは別のヒメネス。以前も書いたように、中南米じゃ多い名前ですね。ストライカータイプじゃなくて好きじゃなさげ。おまけに怪我開けで復調していないようです。前回大会のヒメネスもそんな感じでした。
というか、ラウル・ヒメネスの方も注目選手になっていました。まだいたのか!という。35歳かな。前回大会も世代交代が進んでいないと書いたのに、まだいるとは! 地元開催ですけど、ちょっと苦しいかもしれません。
とはいえ、中盤でジルベルト・モラ(17歳かな?)というめちゃくちゃ若い選手が出てきており、若い選手とうまく合わさればまだ行けるかもしれません。
代表に選ばれている選手を見ると、私が比較的好きなのは攻撃のアレクシス・ベガくらいかな。好きな選手ベスト11までは行かないものの、次点くらいな好きさ。8年前のワールドカップはすごかったのです。ただ、4年前のワールドカップ時点で、すでにちょっと落ちてしまっていた感じ。その彼がまだ選ばれていることからすると、これも世代交代失敗案件でしょうか。
日本にはかつてFCニッポンというクラブが存在…日本代表って意味?
■2020/11/16 日本にはかつてFCニッポンというクラブが存在…日本代表って意味?
「FCニッポン」というクラブがあったと、知ってびっくり。これは「日本代表」という意味ではありません。東京ヴェルディ1969 - Wikipediaを見ていて、知った話なんですよ。つまり、ヴェルディがFCニッポンと名乗っいた時代があったのです。マスコミでもそういう表記はなかったんですけどね。Wikipediaによると、チーム名(正式名称)は、Jリーグ加盟から1999年1月31日までは「読売日本サッカークラブ」、同年2月1日より2009年10月20日までは「FCニッポン」、2009年10月21日以降は現名称の「東京ヴェルディ1969」だといいます。「読売日本サッカークラブ」の「日本」が残った形ですかね。
ただ、1クラブが「FCニッポン」と名乗るというのは、問題を感じるもの。おこがましい…図々しくでしゃばっている感じもあります。ちなみにかつての読売クラブには「日本代表に選ばれるより読売でレギュラーを取る方が難しい」とも言われた、すごすぎる黄金期がありました。ただ、前述の通り、1999~2009年に名乗っていた名前であり、全然強くなかった時代。最後の優勝は1994年というはるか昔。しかも、FCニッポン時代の最高成績は名乗りだした1999年の7位というひどさ。2006年にはJ2に降格。最高7位、二桁常連、J2降格のくせして、「FCニッポン」とは、マジで図々しいです。
なお、「FCニッポン」時代に実際に言われていた呼称は、その前の「読売日本サッカークラブ」と変わらず、「ヴェルディ川崎」でした。ヴェルディは絶えず、ホームタウンを川崎から東京へ移すという話も出ていたところですから、川崎愛のなさも感じる話ですね。ヴェルディは日本最高のクラブとしてJリーグに参加し、全国的な知名度も高かったにも関わらず、サポーター愛の弱いクラブとしても有名だったことも思い出します。本拠地である地元川崎への愛がなかったせいかもしれません。