■2017/06/03 モイーズ・キーン、2000年代生まれの5大リーグ最初のゴールを記録
■2022/03/04 フェデリコ・キエーザは父以上…と父エンリコを育てたテリム監督
■2017/06/03 モイーズ・キーン、2000年代生まれの5大リーグ最初のゴールを記録
セリエA最終節ユベントスのFWモイーズ・キーンがセリエA初ゴール。彼は2000年2月28日生まれですので、17歳88日でのゴールとなりました。これで、5大リーグ(スペイン、イングランド、ドイツ、フランス)で初めて得点を記録した2000年代生まれの選手になっています。
彼はそれ以外でも記録づくめ。昨年11月のペスカーラ戦でのデビューは、初めてセリエAの試合に出場した2000年代生まれの選手。さらにその3日後、チャンピオンズリーグにも同じく2000年代生まれの選手として初めて出場しています。
なお、17歳88日でのセリエA初ゴールはユベントスの選手として歴代で2番目に若いとのこと。1番ではないんですね。
過去には1986/87シーズンに、レナト・ブーゾが16歳304日での得点を記録していました。また、リーグの最年少得点記録は1937年にローマのアメデオ・アマデイが記録した15歳287日ですので、80年も前の話です。
(ユーベの17歳新星が初ゴール。欧州主要国初の「2000年代生まれ」得点者に フットボールチャンネル | スポーツ | 2017年05月28日 より)
■2022/03/04 フェデリコ・キエーザは父以上…と父エンリコを育てたテリム監督
ガラタサライのファティ・テリム監督はトルコ人ですが、かつてフィオレンティーナやミランで指揮をとった経験を持つためか、イタリアへの思い入れがあるみたいですね。
<「父親以上の活躍も期待できる」トルコ人指揮官が、ユーロ開幕戦で母国と戦うイタリア代表期待の選手語る>(超ワールドサッカー
/ 2021年6月10日
12時32分)によると、ガラタサライのファティ・テリム監督は、お気に入りの選手としてFWフェデリコ・キエーザの名前を挙げていました。
ファティ・テリム監督はフェデリコ・キエーザの父、エンリコ・キエーザを育てた監督のため、思い入れは父エンリコ・キエーザの方にあるようです。ただ、息子のフェデリコ・キエーザのポテンシャルには大きく期待しているようです。
「エンリコ・キエーザは私が育てた最高の選手の1人だった。だから、感情的な理由から息子フェデリコよりも父親である彼の方が好きだね。とはいえ、フェデリコはユベントスでの初シーズン、とてもよく活躍したと思う。彼は素晴らしいポテンシャルを持っており、父親以上の活躍も期待できるだろう」
また、若手に関して言うと、以下のように他のイタリア人選手の名前を多数挙げていました。今でもかなりイタリア人サッカー選手に注目しているのかもしれません。
「私はニコロ・バレッラ、マヌエル・ロカテッリ、アレッサンドロ・バストーニ、ジャコモ・ラスパドーリ、そして代表に入っていないニコロ・ザニオーロやサンドロ・トナーリにも注目しているんだ。イタリアには、チームのため違いを生み出せる選手がたくさんいる」
フェデリコ・キエーザについてはもう少し補足。1997年10月25日生まれで、投稿時点では24歳。同じページで掲載してきた他の選手のように、極端に若いわけではありません。ポジションはMF、FWで、身長が175cmと大きくないためか、センターフォワードタイプではなし。Wikipediaでは、FW(WG),
MF(SH, CH)としていました。プレースタイルについては、以下のような説明です。
<若いながらも落ち着いたメンタルを兼ね備え、スピードとテクニックに優れ、左右の足でのプレーが可能である。ポジションは左右のウィングを主戦場としているが、ソウザ監督はセカンドスライカーなどインサイドハーフでもテストしている。トップチーム昇格後は下がり気味の右のサイドハーフとして起用されている>
なお、前述の記事では「順調に成長してきた」と紹介されていましたが、記事の翌年である2022年1月9日のASローマ戦で左膝前十字靭帯損傷の重傷を負ったことは、後に響く可能性があるかもしれません。Wikipediaでは、以下のように書いていました。
<完治には6〜7ヶ月要すると見込まれ、リーグ戦残り全試合、3月に行われる2022
FIFAワールドカップのヨーロッパ予選プレーオフ出場も絶望的という状態になってしまった。これを受け、ユヴェントスのみならずライバルクラブであるインテルやACミランなども見舞いのメッセージをSNS上で発信した>
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2026年3月30日月曜日
2026年3月29日日曜日
サッカー日本代表の日当は一日1万円の安さだった おかしい?
■2016/1/19 ラグビー日本代表の日当2000円はおかしい?
■2016/1/19 サッカー日本代表の日当は一日1万円の安さだった
■2016/1/19 他社の社員を勝手に使うのが当然…スポーツの常識はかなり変
■2016/1/19 ラグビー日本代表の日当2000円はおかしい?
というか、代表で日当が出ているかどうかなんか考えたことなかったですけどね、正直。記事そのものは、昨年2015年にブレイクしたラグビーの話。ここでサッカーの日当の話も出てきたんですね。
-----引用 ここから-----
ラグビー選手会設立で判明した日本代表の意外な待遇|SPORTS セカンド・オピニオン|ダイヤモンド・オンライン 相沢光一 [スポーツライター] 【第374回】 2016年1月19日
http://diamond.jp/articles/-/84786
昨年4月から大会直前の8月まで10回にわたり計75日間に及ぶ合宿が行われた。この日当が3000円だったという。しかも、1000円を食事代として引かれ、1日あたりで手にした金額は2000円だったそうだ。
(中略)一部のプロ契約の選手は1000万円から5000万円程度の年俸、大多数の社員選手は500万円前後の年収を得ており、日当を当てにしている者はいない。
(中略)代表選手は多くのリスクを背負っている。(中略)ラグビーは体を激しくぶつけあう肉弾戦。筋トレが欠かせないのはパワーをつけるだけでなく、体に筋肉の鎧をまとうためにも行うものだが、それでもケガはつきものだ。その危険を顧みず、試合では命をかけて相手にぶつかっていかなければならない。そうしたリスクの見返りとしては、やはり3000円という額は少ない。
-----引用 ここまで-----
記事では以下のような指摘もありました。
-----引用 ここから-----
もっともラグビー(ユニオンラグビーとリーグラグビーのふたつの方向性があり、厳密にはユニオンラグビー)は、長年アマチュアリズムを信条としてきた競技だけあって、選手にプレーの見返りとして高額の報酬を求める意識は薄い。それを示しているのはW杯だ。優勝しても与えられるのはウェブ・エリスカップという純銀製のトロフィーだけで賞金はゼロ。つまり選手は体を張って必死に頑張って優勝したとしても、得られるのは喜びと名誉だけで、報酬は無いのである。
-----引用 ここまで-----
■2016/1/19 サッカー日本代表の日当は一日1万円の安さだった
ただし、タイトルにしたようにサッカー日本代表など、他の日本のスポーツでも高くありません。ラグビーが特殊だという見方は、妥当ではないでしょう。
公表されていないものが多いですが、明らかになっているのはバレーボールとサッカー。バレーボール全日本は国内の場合2000円、海外遠征は3000円。また、サッカーのA代表は1万円。注目度の高いサッカーA代表でも、この額。財務的に豊かな競技団体は少ないため、他はバレーボールと同レベルかそれ以下と見られています。
知りたいのは、海外の例でしたが、例が一つしかなくよくわかりませんでした。
-----引用 ここから-----
昨年のW杯で優勝したニュージーランド代表の日当は約10万円だそうだ。優勝国を基準にはできないが、それと比べると日本代表の日当額はやはり寂しい。
-----引用 ここまで-----
■2016/1/19 他社の社員を勝手に使うのが当然…スポーツの常識はかなり変
競技団体の財源の問題がありますが、日当はもっと高い方が望ましいとは思います。
さらにへんてこな意見だと思われるでしょうが、私は競技団体が代表選手のクラブの給与を肩代わりするようなシステムがあるといいなと思います。今回の記事は選手のリスクという話でしたが、クラブも大きなリスクをしょっているためです。
高給を払っている選手を奪われて使われるだけでなく、疲労によるパフォーマンス低下や、怪我によってクラブでプレーできなくなるおいったリスクもあります。
これがスポーツ以外のビジネスの話だったら、とんでもない問題になる話になるとわかりますよね。実は、かなり非常識な慣習なのです。
以前はクラブが代表に選手を出すのに難色を示すということもありました。また、過密日程で怪我が増えていることも指摘されています。
理想論的で現実はかなり難しいと思われますが、もっとクラブ側にも代表に選手を出すデメリットを少なくする措置が与えられることが望ましいでしょう。
■2016/1/19 サッカー日本代表の日当は一日1万円の安さだった
■2016/1/19 他社の社員を勝手に使うのが当然…スポーツの常識はかなり変
■2016/1/19 ラグビー日本代表の日当2000円はおかしい?
というか、代表で日当が出ているかどうかなんか考えたことなかったですけどね、正直。記事そのものは、昨年2015年にブレイクしたラグビーの話。ここでサッカーの日当の話も出てきたんですね。
-----引用 ここから-----
ラグビー選手会設立で判明した日本代表の意外な待遇|SPORTS セカンド・オピニオン|ダイヤモンド・オンライン 相沢光一 [スポーツライター] 【第374回】 2016年1月19日
http://diamond.jp/articles/-/84786
昨年4月から大会直前の8月まで10回にわたり計75日間に及ぶ合宿が行われた。この日当が3000円だったという。しかも、1000円を食事代として引かれ、1日あたりで手にした金額は2000円だったそうだ。
(中略)一部のプロ契約の選手は1000万円から5000万円程度の年俸、大多数の社員選手は500万円前後の年収を得ており、日当を当てにしている者はいない。
(中略)代表選手は多くのリスクを背負っている。(中略)ラグビーは体を激しくぶつけあう肉弾戦。筋トレが欠かせないのはパワーをつけるだけでなく、体に筋肉の鎧をまとうためにも行うものだが、それでもケガはつきものだ。その危険を顧みず、試合では命をかけて相手にぶつかっていかなければならない。そうしたリスクの見返りとしては、やはり3000円という額は少ない。
-----引用 ここまで-----
記事では以下のような指摘もありました。
-----引用 ここから-----
もっともラグビー(ユニオンラグビーとリーグラグビーのふたつの方向性があり、厳密にはユニオンラグビー)は、長年アマチュアリズムを信条としてきた競技だけあって、選手にプレーの見返りとして高額の報酬を求める意識は薄い。それを示しているのはW杯だ。優勝しても与えられるのはウェブ・エリスカップという純銀製のトロフィーだけで賞金はゼロ。つまり選手は体を張って必死に頑張って優勝したとしても、得られるのは喜びと名誉だけで、報酬は無いのである。
-----引用 ここまで-----
■2016/1/19 サッカー日本代表の日当は一日1万円の安さだった
ただし、タイトルにしたようにサッカー日本代表など、他の日本のスポーツでも高くありません。ラグビーが特殊だという見方は、妥当ではないでしょう。
公表されていないものが多いですが、明らかになっているのはバレーボールとサッカー。バレーボール全日本は国内の場合2000円、海外遠征は3000円。また、サッカーのA代表は1万円。注目度の高いサッカーA代表でも、この額。財務的に豊かな競技団体は少ないため、他はバレーボールと同レベルかそれ以下と見られています。
知りたいのは、海外の例でしたが、例が一つしかなくよくわかりませんでした。
-----引用 ここから-----
昨年のW杯で優勝したニュージーランド代表の日当は約10万円だそうだ。優勝国を基準にはできないが、それと比べると日本代表の日当額はやはり寂しい。
-----引用 ここまで-----
■2016/1/19 他社の社員を勝手に使うのが当然…スポーツの常識はかなり変
競技団体の財源の問題がありますが、日当はもっと高い方が望ましいとは思います。
さらにへんてこな意見だと思われるでしょうが、私は競技団体が代表選手のクラブの給与を肩代わりするようなシステムがあるといいなと思います。今回の記事は選手のリスクという話でしたが、クラブも大きなリスクをしょっているためです。
高給を払っている選手を奪われて使われるだけでなく、疲労によるパフォーマンス低下や、怪我によってクラブでプレーできなくなるおいったリスクもあります。
これがスポーツ以外のビジネスの話だったら、とんでもない問題になる話になるとわかりますよね。実は、かなり非常識な慣習なのです。
以前はクラブが代表に選手を出すのに難色を示すということもありました。また、過密日程で怪我が増えていることも指摘されています。
理想論的で現実はかなり難しいと思われますが、もっとクラブ側にも代表に選手を出すデメリットを少なくする措置が与えられることが望ましいでしょう。
2026年3月28日土曜日
新年会遅刻の岡田武史代表監督、誤解して全テーブルで謝罪の挨拶
■2019/04/18 新年会遅刻の岡田武史代表監督、誤解して全テーブルで謝罪の挨拶
■2019/04/18 都並敏史と岡田武史はチームメイトだった?
■2019/04/18 新年会遅刻の岡田武史代表監督、誤解して全テーブルで謝罪の挨拶
1998年1月、都並敏史さんが毎週月曜日、ゲルゲットショッキングセンターに出ていたテープが残っていました。1月ということで新年会の話もしていました。10人くらいのメンバーで当時日本代表監督だった岡田武史さんといっしょだったようです。
ただ、岡ちゃんは遅刻。で、満席状態の会場(飲み屋?)につくと、全テーブルが関係者だと勘違い。テーブル1つ1つを順番に 「遅れてすみません」と謝罪の挨拶。当時は何しろ日本代表監督でしたので有名でしたので、挨拶された人たちは拍手で大盛り上がり。
タイトルが長くなるので「全テーブルで謝罪の挨拶」としましたが、本当言うと全部は行きませんでした。4つ目のテーブルでやっと本当の参加メンバーのところにたどりついて、誤解が明らかに。真相を聞かされると真っ赤になっていたそうです。ボケキャラなんですかね。
■2019/04/18 都並敏史と岡田武史はチームメイトだった?
このとき私はすでに都並敏史さんは引退していたと誤解していましたが、まだ現役だったようで驚きました。誰に言われたのかわからなかったんですけど、「ラジオやってるやつは(日本代表に)選ばれないと言われた」と岡ちゃんに言ったら、「試合出ればチャンスある」と言われたそうな。
1997年と1998年の所属を見ると、平塚。覚えないですね。1997年は6試合、1998年は5試合のみの出場で、その年で引退となっていました。
岡田武史さんは読売クラブではなく、古河電工であり、クラブではいっしょではありません。ただ、代表でチームメイトだったと思っていました。思い込みかもしれないので、確かめてみましょうか。
都並敏史さんは 1980年に19歳で代表デビュー、1987年までは毎年選ばれています。岡田武史さんはなんと同じ1980年デビュー。24歳かな。というか、5歳しか違わないですね。もっと違うイメージでした。岡田さんはチームの中心として期待されたものの、1985年で代表を引退しています。ということで、やはりチームメイトだったようです。
ちなみに岡田武史さんの出場試合数は24試合 で、都並敏史さんは78試合。岡田さんが少なく見えるものの、当時は代表の試合が少なかったはず。前述の通り代表引退が早く、1984年のロサンゼルス五輪最終予選ではレギュラーのはずが怪我、1986 FIFAワールドカップ地区予選では控えであるなど、順調でもなかったものの、今の日程ならもっと出場試合数が増えたと思われます。
■2019/04/18 都並敏史と岡田武史はチームメイトだった?
■2019/04/18 新年会遅刻の岡田武史代表監督、誤解して全テーブルで謝罪の挨拶
1998年1月、都並敏史さんが毎週月曜日、ゲルゲットショッキングセンターに出ていたテープが残っていました。1月ということで新年会の話もしていました。10人くらいのメンバーで当時日本代表監督だった岡田武史さんといっしょだったようです。
ただ、岡ちゃんは遅刻。で、満席状態の会場(飲み屋?)につくと、全テーブルが関係者だと勘違い。テーブル1つ1つを順番に 「遅れてすみません」と謝罪の挨拶。当時は何しろ日本代表監督でしたので有名でしたので、挨拶された人たちは拍手で大盛り上がり。
タイトルが長くなるので「全テーブルで謝罪の挨拶」としましたが、本当言うと全部は行きませんでした。4つ目のテーブルでやっと本当の参加メンバーのところにたどりついて、誤解が明らかに。真相を聞かされると真っ赤になっていたそうです。ボケキャラなんですかね。
■2019/04/18 都並敏史と岡田武史はチームメイトだった?
このとき私はすでに都並敏史さんは引退していたと誤解していましたが、まだ現役だったようで驚きました。誰に言われたのかわからなかったんですけど、「ラジオやってるやつは(日本代表に)選ばれないと言われた」と岡ちゃんに言ったら、「試合出ればチャンスある」と言われたそうな。
1997年と1998年の所属を見ると、平塚。覚えないですね。1997年は6試合、1998年は5試合のみの出場で、その年で引退となっていました。
岡田武史さんは読売クラブではなく、古河電工であり、クラブではいっしょではありません。ただ、代表でチームメイトだったと思っていました。思い込みかもしれないので、確かめてみましょうか。
都並敏史さんは 1980年に19歳で代表デビュー、1987年までは毎年選ばれています。岡田武史さんはなんと同じ1980年デビュー。24歳かな。というか、5歳しか違わないですね。もっと違うイメージでした。岡田さんはチームの中心として期待されたものの、1985年で代表を引退しています。ということで、やはりチームメイトだったようです。
ちなみに岡田武史さんの出場試合数は24試合 で、都並敏史さんは78試合。岡田さんが少なく見えるものの、当時は代表の試合が少なかったはず。前述の通り代表引退が早く、1984年のロサンゼルス五輪最終予選ではレギュラーのはずが怪我、1986 FIFAワールドカップ地区予選では控えであるなど、順調でもなかったものの、今の日程ならもっと出場試合数が増えたと思われます。
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